活動・取り組み
日本呼吸器学会 海外学会参加助成 被助成者一覧
ATS 2024 参加報告書
東京医科歯科大学
杉原 潤
初めまして。杉原 潤と申します。東京医科歯科大学大学院にて主に間質性肺炎の研究をしております。ヒト肺検体から採取した線維芽細胞の遺伝子発現の解析が今のテーマです。
去る2024年5月、アメリカ胸部疾患学会(American Thoracic Society: ATS)の国際学会に参加いたしました。私にとっては初めて国際学会への参加であり、多くの貴重な体験をし、深く感銘を受けて戻ってまいりました。 参加したきっかけは、いいタイミングで大学院での研究が進んできてちょうど演題として出せそうな話題があったという、巡り合わせに乗った形です。
参加にあたり、日本呼吸器学会より参加の助成を頂けたという御縁もあり、この場を借りて学会での活動について御報告させて頂きます。
いざ開催の地へ
2024年のATSはサンディエゴで開催されました。サンディエゴは北アメリカ大陸の西海岸、カリフォルニア州の都市で、湾を有しその中にはコロナドという半島状の隣町を抱く港町です。空港から会場となったコンベンションセンターまではバスと徒歩にて30分程度で行ける交通の便の良い所でもあります。
コンベンションセンターのすぐ近くにはダウンタウンが広がっており、宿泊施設や食事処はそこで見つけることができます。夜になると、そこかしこでATS参加者が食事と会話に興じている姿が見られました。
気候も穏やかで、行った時は最高気温が大体20℃前後と同時期の日本より5℃程度低いぐらいで、体感では湿気がないためかそれ以上に涼しく感じました。天気も良く晴れており過ごしやすい気候です。ただ、日本と違い乾燥しているためか、話し込んだり散歩したりするとすぐ喉の渇きを感じました。
U.S.流の会場運営
学会に参加したのは5月19日と5月20日の2日間でした。私の発表するセッションは20日の午後だったので、19日の丸一日と20日の午前は会場を見て回りました。
基本的に会場の構成は日本の学会とそう変わらないです。広いホールにポスターと企業展示を並べ、個々の部屋をオーラルプレゼンテーションやシンポジウムに割り振っていく形となります。ただとにかく会場が広いです。Exhibition(いわゆる企業ブース)は、250以上の企業が参加しており、一番規模の違いを感じました。
個別の発表についても、シンポジウムなどは形式も注目されるテーマも日本と大きく変わらない印象でした。看板的な演題としては、Clinical Year in Reviewが挙げられます。これは、呼吸器領域を16のテーマに分け、各テーマについて1年間に出た重要な論文をいくつか取り上げ、コメントするというセッションです。1日のセッションでは4テーマ扱い、4日間連続で開催されます。非常に勉強になりオススメです(on demandでも見られます)。
日本であまり見ない形式としては、Pro-Con Debateという、正式なディベートの形式に沿って進むセッションもありました。この発表においては、どの発表者も政策立案者としての立場の意見や政策立案者への提言を含めていたことが印象的で、文化の違いを感じました。
2種類のポスター発表
ここまでは見学者としての視点でしたが、演者としてのお話もしたいと思います。発表形式に特徴があり、年ごとにちょっと変わる部分もあるようですが、私の場合がどうだったかについて説明します。
発表形式は、大きく分けて"oral presentation"と"poster"とがあり、さらにposterに"thematic poster session"と"poster discussion session"とがありました。後述しますが、このposter discussion sessionというのが曲者です。
A) Thematic poster session
いわゆる多くの方がイメージするポスター発表です。会場の決められた区画にポスターを張り、セッションの時間はそこにいて、質問者が来たら説明するというのが基本スタイルとなります。
実際のところは、自分のポスターに張り付いてひっきりなしに説明している人もいれば、どっか好きなところにいって他の人のポスターを眺めたり、他の演者とディスカッションしたり、挨拶回りしたりと、各々割と自由に過ごしていました。 似たようなテーマの発表者を集めて発表する時間も一応設けられていますが、実際にはファシリテーターの裁量に任されている部分が大きいです。きちんと一人一人のポスターの前に皆で順番に回っているブースもありましたが、ファシリテーターが各発表者に個別に質疑をするのみで、特に集まることも発表時間もなく終了するというパターンもあったようです。日本のポスター発表のようなきっちりとした形式を想定していると面食らうかもしれません。
B) Poster discussion session
これは少なくとも私は日本で見たことのない形式でした。
各々のセッションに1つの部屋が割り振られます。発表者は指定された場所にポスターを貼っておきます。開始時間になったら、まずは各自自分のポスターの前で質問者に対応する時間が設けられ、その後、ファシリテーターの指示のものでディスカッションタイムとなります。
このディスカッションタイムが難物で、ファシリテーター次第で形式が全く違うようです。参加した事のある先生に聞いたところでは、
① 4-5人ずつ前に呼ばれ、自身の発表の要約を説明した後に、互いに質疑応答
② 事前に発表の要約スライドを1枚作るように指示され、各自1分ほどで説明した後に質疑を受ける
③ 4-5人ずつ前に呼ばれ、そのまま自由にディスカッションしろと指示される(!?)
というパターンがあったとのことでした
実は私の発表形式はposter discussion sessionとなっており、事前調査で「これはヤバいのでは」と感じていたため、現地でも自分の発表前に2つほどセッションを見学したところ、
イ) 参加者が自由にディスカッションしており、フロアの見学者もそれに参加していた(途中から入室したため、個々の研究について発表していたかは不明)
ロ) 発表者は順に前に呼ばれ、自分の研究を数分で要約するように指示される、発表後にフロアから質問を受ける(実質thematic poster sessionと同様)
とそれぞれ全く違う形式でした。
発表形式がどのように決まるかですが、演題の応募をする際に、入力フォームで形式の選択があり、その際に「ポスターのみ」と選択することができました。そのうちに、演題が採択されたという連絡や、発表日時・形式についての案内が来ます。その時に、ポスター発表をする人は先述の"thematic"と"discussion"のどちらに振り分けられたかが分かります。つまり、ここの形式の選択はこちらからはできませんでした。
いかにして発表を乗り切ったか
先述の通り、poster discussion sessionという、私のような英語の聞き取りや即座のレスポンスに自信のない者にとっては不安しかない形式のセッションに割り振られてしまいましたが、本番の時は容赦なくやってきました。
私の割り当てられたセッションは"Genetic and Transcriptomic Signature in Lung Diseases"というタイトルで、主にsingle-cell RNA sequencingやそれに類する技術を用いた研究が纏められてるものでした。
ポスターを貼った後、時間があったので他の人のポスターを見て回りましたが、着眼点や切り口、技術の適応などの面でいずれも興味を引く内容のものばかりでした。ほとんどのポスターは貼りっぱなしでしたが、ポスターを見ていたら内容を説明してくれた発表者の方も1名いました。
セッションが始まり、まずは普通のポスターセッションのようにポスター前で質疑を受けることになります。私の発表にも何名か興味を持って質問をしてくれた方がいました。ファシリテーターからも質疑されました。後のディスカッションの調整のため内容を確認していたのだろうと思われます。
実際にやってみて気付いたのですが、リスニングやスピーキングに難があっても、興味を持って話してくれる人とはコミュニケーションは成り立ちます。お互いに理解できるまで手を変え品を変え何とかなるまで話そうとするからです。このように交流していく内に、海外にも自分の研究発表に興味を持ってくれたり、同じような問題意識があったり、似たような苦労をしている人がいると分かり、非常に励みになりました。これだけでも来たかいがあったと感じられます。
質疑応答の時間帯が終わると、いよいよディスカッションとなります。私のセッションでは、5人ずつ呼ばれて、順番に自分の研究の要約を話した後、ファシリテーターから振られた質問に各自回答するという形式でした。時折、フロアからファシリテーターからの質問や発表者の回答に対してコメントしてくる人もいました。
ただ、要約のやり方については、セッションが進むにつれ、ファシリテーターの方から注文が入っていきました。例えばあるグループには「研究の強みを述べてください」、その次のグループには「研究のlimitationについて述べてください」、さらにその次には「研究においてのチャレンジに触れてください」という風に指示されていきました。また、質問は個別の研究について触れるものでなく、single-cell omicsやRNA sequencingに付随するデータ処理・解釈に関しての問題を提起するものでした。例えば、ドライ解析で出た結果が実際に起きている現象を本当に捉えているかをどう検証するか、膨大なデータ間の齟齬をどう解釈するか、各データ間で同じ細胞種としているものが本当に同じと言っていいかをどう担保するか、といった問です。言うなれば、口頭試問や論文の査読を受けている状況を思わせるやり取りでした。
さて私はというと、自分以外のグループの発表や質疑を聞いていても、英語が速く何を言っているか分からない部分も多々あったため、「これでは上手く質疑ができそうにない、マズい」と思いながら聞いていました。ただ、進行の仕方が分かったので、待ちの間に要約の原稿を纏められたのは救いでした。
そうこうするうちにセッションは進んでいき、私が呼ばれたのは最後の組でした。そのときには既に時間が押している状況となっておりました(このような機会にどんどんスピーチする積極的な発表者やフロアの参加者もいるのです)。自分の要約の発表については、準備しておいた原稿を読んで乗り切りました。英語でアドリブで話せるほどの力がない方は原稿を準備しておくことを強くお勧めします。見学したposter discussion sessionでもスマホに原稿を入れて読んでいた人はそれなりの人数がいました。質疑については、上手く発言を纏められずにいるうちに、時間切れのためセッション終了となりました。こうして、私のATSでの発表はあっけない幕切れとなりました。
結びに
長々と書かせて頂きましたが、実際にATSに参加した感想を要約すれば「楽しかった」の一言に尽きます。このような規模と活気で呼吸器学について広く深く触れられる機会はなかなか得られないと思います。留学を考えている方ならば、希望している留学先の人と繋がれる良い機会にも出来るかと思います。
そして、参加するならば出来れば発表を持ち込む方がより意義深い体験が出来ると思います。特にポスターでの発表や説明は、伝えにくいところを図示したりポスターをカンペとして利用したりすることもでき、何より発表者・質問者双方のモチベーションもあるので、英語力に懸念があっても実際にはコミュニケーションのハードルはそこまで高くないです。散々脅すような話をしたところで恐縮ですが、例えdiscussionのセッションになっても結構何とかなります。
拙い文章ではありますが、ATSの雰囲気を伝えられ、1人でも多くの方に興味を持って貰えれるのならば、嬉しい限りです。
最後に、このような機会を得られたのは、研究を指導して頂いている東京医科歯科大学大学院 統合呼吸器病学分野 岡本先生、宮崎先生、そして支えて下さっているスタッフの皆様、および助成して頂いた日本呼吸器学会 国際委員会の方々のお陰です。厚く御礼申し上げます。